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【山車】上中町第2場 高ヒット [地図表示]
2014-1-10 8:55 投稿者: admin (記事一覧) [ 2424hit ]

[2014]西遊記 三蔵法師と弟子達の旅

昔むかし 中国に三蔵法師というお坊さんがいまして、三蔵法師は観音菩薩の命令により、天竺(インド)へありがたい、お経(経典)を取りに行くことになりました。
旅の途中、五行山の大岩に封じ込められていた猿の孫悟空を助け、豚の妖怪・猪八戒と川の妖怪・沙悟浄をこらしめて改心させ、弟子としてこの3匹と龍である白馬を旅の仲間に加えることになり、旅の途中色々な妖怪や化け物たちが次々と三蔵法師の一行を襲ってきますが、悟空たちが皆で力を合わせ、敵を退治しながら天竺にたどりつくことが出来ました。
そこで釈迦如来から経典を授かり、さらに、ご褒美としてそれぞれが仏になり、その後、経典を中国に持ち帰り任務を遂行し仲良く暮らしました。
歴史上、中国の唐代のはじめに「玄奘」という実在の人物がいて『般若経』などの経典やその思想について疑問点を解決するために、インドに渡り諸学を修め、経典類を大量に携えて中国に帰国しました、(この間12年位)。

[2013]大坂夏の陣 家康を追いつめた乱世の英雄真田幸村

あの徳川家康の本陣を急襲し、「日本(ひのもと)一の兵(つわもの)」と恐れられ震撼(しんかん)せしめた真田幸村の決死の夏の陣を具現した場面。
幸村は、父昌幸と共に上田合戦で二度に渡り押し寄せる徳川の大軍を、陽動作戦を駆使(くし)して打ち破る。
大坂冬の陣でも攻め寄せる徳川勢を前代未聞の豪胆さと変幻自在、縦横無尽の動きで敵を翻弄(ほんろう)して打ち破り、幸村の名将ぶりは世間からも驚嘆(きょうたん)され、その名は天下に轟(とどろ)いた。家康からも講和後、「信濃一国を与えるからその引き換えに寝返るよう。」との誘いを受けたが幸村は断固として蹴(け)る。幸村の望みはただ一つ「死して名を残す。」ことだった。
夏の陣となり再三に渡り、大坂城に攻め寄せる徳川勢に対し獅子奮迅(ししふんじん)の戦いをしたが、いかんせん多勢に無勢。これが最後と決めた真田勢は、幟(のぼり)も甲冑(かっちゅう)もことごとく赤一色の紅蓮(ぐれん)の炎と化し、六連銭の金覆輪(きんぷくりん)の鞍跨に乗った幸村は、愛馬に鞭(むち)打って真一文字に家康の本陣へ突き進む。それを見た徳川勢は、「あれは鬼神じゃ。」と慌てふためいて後退する有り様だった。
大坂夏の陣での幸村の働きは、本人の望み通り「日本一の兵」と後世に語り継がれ、永遠に我が郷土信州の誇りとなった。

[2012]さようなら!水戸黄門の場

「静まれ!しずまれ!この紋所が眼に入らぬかッ。ここにおわす方をどなたと心得る、前(さき)の副将軍水戸光圀(みつくに)公にあらせられるぞ、控え!控え!」越後の縮緬問屋(ちりめんどんや)のご隠居に身を隠し、助さん、格さんを供に日本全国を旅し、行く先々で弱きを助け、強きを挫(くじ)き、悪巧みをあばき懲(こ)らしめる世直しの旅。テレビドラマでお馴染み「水戸黄門」は四十二年間にも及ぶ人気番組でした。
水戸黄門の物語は名君とうたわれた水戸藩主二代目、水戸光圀主従をモデルに水戸黄門漫遊記(まんゆうき)として、巷説(こうせつ)、講談に又芝居、映画、テレビドラマに数多く脚色されている。光圀自身は関東地方の外へ旅したことは無  かったが、大日本史編纂(だいにほんしへんさん)の大事業に当り「彰考館(しょうこうかん)」を開設し、学者、文化人を始め佐々助三郎(さっさすけさぶろう)十竹(じゅうちく)(助さん)安積覚兵衛(あさかかくべい)澹泊(たんぱく)(格さん)等優れた家臣を多く召抱え、資料収集のため全国各地に派遣した事で物語が出来た契機(けいき)といわれている。光圀は文化事業のほか城下町の整備事業を始め、民生安定に力を入れた。身寄りの無い老人、子供、寡婦(かふ)の救済、凶作飢饉(ききん)に備え、稗蔵(ひえくら)を領内各所に造ったり、産業の振興、教育の振興等善政を行った。また、光圀は苦労人で、目下の者には寛容(かんよう)であり、西山荘に隠居してからは裃(かみしも)を脱いで、近所の農民と親しく交わった事も、後々の世まで語りつがれた所以(ゆえん)といわれる。
大日本史編纂事業は歴代水戸藩主に引継がれ、完成は光圀の死後二百六年後の明治三十九年十二月であった。

[2011]因幡の白兎の場

大国主命が因幡の国(鳥取県)の美しい八上姫の元へ求婚に行く兄神たちに従い、兄神たちの荷物が入った大きな袋を背負って海岸を通ると、毛皮をはがされて苦しんでいる兎がいました。
命がそのわけを聞くと、「私は淤岐の島に居ましたがこの国に来たかったので、仲間の数比べをしようと、ワニサメをだま騙して並ばせ、その上を渡ってきたところが、騙されたのを知ったワニサメに皮をはがされ苦しんでいました。通り掛かった兄神たちの教えで、海水で洗ったところ一層ひどく痛んで苦しんでいます。」と答えました。
そこで命は池の綺麗な真水で体を洗い、蒲の穂綿にくるまるように治療法を教え、まもなく兎はもとの白兎になりました。命はこの白兎の祝福によって八上姫と結婚することができました。
この伝承は忍従と愛情の神、医療の神としての大国主命の神徳を語るものです。
また、動物報恩説話でもあり、この兎を祀る白兎神社があります。
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