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長久保宿

中山道 第ニ十七番 長久保宿

長久保宿は当初、現在の位置よりも西側の依田川沿いに設けられていましたが、依田川の大洪水によって流失したため寛永8年(1631)に高台の現在の地に移りました。
その後、「本陣・問屋」を中心に東西方向に「竪町(たてまち)」を形成し、宿場が賑わうにつれ南北方向に「横町(よこまち)」を形成したため、「竪町」と「横町」が交わる L字型の町並みになっています。

中山道の難所である和田峠・笠取峠を控え、北国街道の分岐点に位置していたことから、おおい時には43軒の旅籠があり、信濃の中山道26宿の中では「塩尻宿」に次ぐ数を誇る大規模な宿場でした。
宿場に関する歴史・資料を展示している「長久保宿歴史資料館一福処濱屋」など多くのスポットがあります。